【幼少期~中学生】豊中で過ごした日々【院長の人生ノート2】

1979年11月5日大阪府豊中市生まれ。6歳上の姉と双子の弟との間で育ちました。双子の弟は一卵性双生児で、私は15分だけ早く生まれてきただけですが、それだけで‘兄’として育つ運命が決まったということは何とも不思議なことです。

一卵性双生児として誕生(左が私)

幼少期の記憶はあまりありませんが、母の話によると比較的活発な子供だったようです。双子の弟と写真を撮るときもいつもふざけてポーズをとっているのが私でした。おかげで、小さいころの写真を見ると、弟とよく写っているのですが(一卵性双生児なので見た目はそっくりです)、今でも間違わずに私と弟を見分けることができます。

このように、姉は少し歳が離れていたこともあり、普段は弟と遊んで幼少期を過ごしました。ちなみに、小学校~高校まで、すべて弟と同じ学校と部活で小学校・中学は陸上長距離、高校はラグビーで常に競い合って過ごしました。

姉と弟と(右下が私)

小学校・中学校は地元の公立学校に通い、習い事は小学生の時に週1回ピアノをやっていたくらいで塾にも行っていなかったので、虫取りをしたり公園で遊んだりランニングしたりと、今思うと大らかな少年時代を過ごしました。

父に連れられ釣りを始めました

また、部活は陸上部に所属し長距離を専門に行っておりました。毎日の練習の成果か、豊中市の中学生の大会ではいつも弟と1,2位を争うくらいの成績でした。大阪府大会にも出場していましたが、そこでは箸にも棒にも掛からない成績でしたが…

テレビ大阪マラソン大会にてペアの部で優勝(赤い服が私)

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